オペラ・オペレッタ訳詞家の書斎

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モーツァルト《コジ・ファン・トゥッテ》

Wolfgang Amadeus Mozart: Così fan tutte, ossia La scuola degli amanti(イタリア語)

題名について

後には、イタリアのオペラの台本作家もオッターヴァ・リーマを使った。『コジ・ファン・トゥッテ』(1790年)のタイトル(Così fan tutte, ossia La scuola degli amanti)はその有名な例だが、それ以降は使われなくなった。

オッターヴァ・リーマ - Wikipedia

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―――フィオルディリージ役は、以前にも歌われたことがあると伺っています。

「2007年にサンタフェで歌いました。あれから6年、私も本当に色々な経験を積みました。モーツァルトの音楽は、とてもクリーンで美しいのですが、その分、歌手の全てがさらけ出されてしまいます。声楽的な問題も、たちまち露見してしまいます。」

―――技術的なことだけではなく、感情的にも大変ではないですか?

「この作品全体の中で、フィオルディリージはとりわけ幅広い感情を掘り下げる役柄かもしれません。フィオルディリージは最終的に、(女性の貞節を試すという男たちの賭けのために、本来の恋人であるグリエルモに代わって彼女を口説いた)フェルランドを完全に愛するようになると私は思って演じています。そこまでに至る彼女の心の旅路は、とてつもなく巨大で劇的なものです。全ては男達が仕掛けたトリックであったことが明かされる最後のシーンでは、私は毎回演じるたびに、心から悲しみに打ちひしがれてしまいます。」

―――毎回どのようにして、そのような大きな感情の流れに対処されるのですか?

「難しいですね。このオペラの結末は、いったいどうなるのでしょうか?今回の演出では、少なくともしばらくの間は、それぞれ元の恋人の元に戻ることになっています。その時のフィオルディリージは、『どうしてこんな酷い仕打ちを私にすることができたの?』とグリエルモに対して感じていると思います。グリエルモの元に戻るのは、戻りたいからではなく、フェルランドから離れるための手段かもしれません。フィオルディリージのような、あれほど真剣に恋に落ちてしまう人が、最後になって突然『OK、全ては大丈夫!』と言う感じで、元の鞘に戻るとは思えないのです。とても洞察力に富んだ作品の、ほろ苦いラストですね。」