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ワーグナー《タンホイザー》

Richard Wagner: Tannhäuser; Tannhäuser und der Sängerkrieg auf Wartburg《タンホイザーとヴァルトブルクの歌合戦》(3幕のオペラ;ドイツ語)

  • 初稿版(ドレスデン版)初演:1845/10/19 ドレスデン宮廷歌劇場
  • 改訂版(パリ版)初演:1861/3/13 パリ・オペラ座

概要

タンホイザー - Wikipedia

ワーグナー タンホイザー

ワーグナー タンホイザー

曲目解説

プログラム解説 - ワーグナー・グランド・ガラコンサート2019(三浦真弓)

  • 序曲
  • エリーザベト「歌の殿堂のアリア」
  • ヴォルフラム「夕星の歌」

2:《タンホイザー》

 中世のタンホイザー伝説を題材にし、人間における聖と俗の葛藤を描いた、三幕の「大ロマン的オペラ」。本日のプログラム中、最も初期の作品で、ワーグナーが独自の「楽劇」を完成する以前の、イタリアオペラ的なアリア形式が残されている。

 演奏会曲としても非常にポピュラーな「タンホイザー序曲」は、キリスト教的な道徳世界と、異教の女神ヴェーヌスが支配する官能の世界という、二つのコントラストが際立った名曲である。前者では、荘厳な「巡礼の合唱」の音楽や、堕落を悔やむタンホイザーの苦悩を示すチェロの旋律、後者では、快楽への欲求を呼び覚まし、なまめかしく誘惑するヴィオラやヴァイオリンの音色、そしてクライマックスのあからさまに大らかなヴェーヌス讃歌が特徴的だ。いずれも、一方を聴いている間は、もう一方の世界の存在を思い描くのが難しいほど、圧倒的で、しかも完全に拮抗した、強力な二つの世界観が並び立っている。最終的には「巡礼」の音楽が勝り、神の恩寵による救済が与えられることを予告して終わる。

 二幕の幕開けを飾る「歌の殿堂のアリア」は、愛するタンホイザーが帰ってくると知ったエリーザベトが、再会の期待と喜びを歌う初々しいアリアだ。木管の刻む六連符が、息を弾ませて「歌の殿堂」に駆け込んでくる乙女の胸の高鳴りを表わす。タンホイザーが不在の間、彼女はこの大広間に足を踏み入れることもなくなっていたのだ。中間部の憂いは、タンホイザーが去ったあとのうつろな日々を回想する。彼女にとって、歌の殿堂の喜びは、そこに愛する人の歌が響いてこそ。今日ふたたび気高く誇らしく見える殿堂を、もうすぐ会えるタンホイザーの姿に重ねて、エリーザベトは「Sei mir gegrüsst!(ようこそ!私のあいさつを受けとって!)」と高らかに呼びかける。

 再会の喜びもつかの間、エリーザベトの希望は打ちくだかれる。「愛の本質」を競う歌合戦で、タンホイザーは官能の喜びを讃え、異教の女神ヴェーヌスのもとで肉欲の快楽に溺れていたことを明かして追放されてしまうのだ。純愛を裏切られたエリーザベトは、誰よりも傷つきながら、なおもタンホイザーへの赦しを求め、彼の魂の救済のために自らの命を捧げることを決意する。

 その姿を見ていたタンホイザーの友・ヴォルフラムも、ひそかにエリーザベトに想いを寄せるひとりだった。しかし、我が身を捨ててもタンホイザーへの愛を貫こうとするエリーザベトを止めることはできないと悟り、黙って彼女を見送る。三幕二場でヴォルフラムが歌う「夕星の歌」は、エリーザベトが消えていった夕闇の谷を照らす「宵の明星」に向かって、まもなく天使となるだろう彼女の死出の旅路が、せめて安らかであるようにと祈るアリアである。歌の旋律を引き継ぐ、後奏のチェロまでもが美しい名曲である。

 ヴォルフラムが見上げた星は金星、すなわち愛の女神ヴェーヌスが司る星であった。タンホイザーとは違う愛の理想を抱くヴォルフラムは、彼自身のやり方で、愛する人に最後の歌を捧げたのである。

プログラム解説 - ワーグナー・グランド・ガラコンサート2019