オペラ・オペレッタ訳詞家の書斎

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ワーグナー《トリスタンとイゾルデ》

Richard Wagner: Tristan und Isolde(3幕の楽劇;ドイツ語)

  • 初演:1865/6/10 独・ミュンヘン バイエルン宮廷歌劇場
  • スウェーデン初演:1909(ヴィルヘルム・ペッテション=ベリエルのスウェーデン語訳詞による)

曲目解説

プログラム解説 - ワーグナー・グランド・ガラコンサート2019(三浦真弓)

  • ブランゲーネ「見張りの歌」
  • 前奏曲とイゾルデ「愛の死」

3:《トリスタンとイゾルデ》

 トリスタンとイゾルデの悲恋伝説に、ワーグナー本人の道ならぬ恋愛体験が投影された、三幕の「劇進行」。不協和音や半音階進行を駆使した無限旋律のドラマとして、めくるめく官能と果てしない苦悩の圧倒的表現を獲得し、後世に大きな影響を与えた傑作だ。

 イゾルデは、かつて許嫁の仇と知りつつ命を救ったトリスタンと、内心惹かれ合っていたが、トリスタンの叔父マルケ王に嫁がされると知って逆上する。婚礼に向かう船中で、トリスタンを道連れに死のうと、二人で毒薬を飲む。が、それは、侍女ブランゲーネが思いあまってすり替えた「愛の薬」だった。互いに押し殺してきた恋情が燃え上がり、通じ合った瞬間に二人は引き離され、禁断の愛に苦しみながら生きる運命となる(一幕)。

 二幕は、マルケ王妃となったイゾルデが、人目を忍んでトリスタンと密会している夜。待ち焦がれた再会の喜びに没入する二人に、闇の中から呼びかける侍女ブランゲーネの「見張りの歌」が響く。「愛の夢から目を覚まして——気をつけて!もうすぐ夜が明けます」という切実な叫びも、愛の陶酔のただなかにいるトリスタンとイゾルデの耳には、甘美な音楽にしか聞こえないようだ。神秘的なハープに導かれ、絡みつくようなヴァイオリンとともに、夜の底を響きとおるこの歌の旋律とハーモニーは、作品中屈指の美しさである。

 「愛の二重唱」は、このブランゲーネの警告で二度中断され、そのたびに二人の満たされない愛はますます募り、永遠の夜としての「愛の死」を望む。そして三度目、まさに愛の法悦の絶頂で、マルケ王が登場し、二人の夜は決定的に断ち切られる。

 二幕に象徴されるように、《トリスタンとイゾルデ》という作品は、全編を通して、解決しそうで解決しない和声がさらなる解決を求める力によって、最後の一点まで安住しないまま進んでいく。この独特な運動構造を端的に示すのが、「前奏曲と『愛の死』」という演奏会用の抜粋形式だ。作品の最初と最後を大胆につなげて演奏することで、この世では破滅的に求め合うしかないトリスタンとイゾルデの愛が、二人の死によってのみ初めて成就する、という劇的な直線的進行を、きわめて凝縮した形で味わうことができる。

 前半の「一幕への前奏曲」冒頭、「憧れの動機」の中に、無限旋律の起点となる、不吉にして神秘的な不協和音「トリスタン和音」が現れる。トリスタンとイゾルデの運命を決定づける「まなざし」や「死」の動機が連なり、弦楽器と木管楽器の波がらせん状に絡み合いながら、「法悦」の極みへと昇りつめていく。トランペットの咆哮を頂点に、今こそ満たされた安らぎへ至るかと思いきや——着地した先はまたも「トリスタン和音」という、どこまでも禁断の愛ゆえの苦悩と喜びのあいだを行き来する音楽なのだ。

 後半の「イゾルデの愛の死」は、三幕の最終場、トリスタンの死を目の当たりにしたイゾルデの絶唱である。ワーグナーが「イゾルデの変容」と呼んだこの場面で、イゾルデにはもはや周りの人の言葉が聞こえないかわり、人には見えないものが見えている。形容の限りを尽くして「それ」を描写するイゾルデは、その間に何度も「Seht ihr's nicht?(あなたがたには見えないの?)」といぶかるのだ。愛するトリスタンの魂が昇天していくさま、そして次第にイゾルデ自身を包み込む恍惚——昼の世界では許されなかった愛、しかし彼女にとっては生涯唯一の真実であった、トリスタンとの合一の喜びを語り尽くして、イゾルデはついに、二人が望んだ永遠の夜としての「愛の死」に到達するのである。

プログラム解説 - ワーグナー・グランド・ガラコンサート2019

鑑賞歴