オペラ・オペレッタ訳詞家の書斎

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ワーグナー《ニュルンベルクのマイスタージンガー》

Richard Wagner: Die Meistersinger von Nürnberg

  • 初演:1868/6/21、ハンス・フォン・ビューロー指揮、ミュンヘン宮廷歌劇場にて

曲目解説

プログラム解説 - ワーグナー・グランド・ガラコンサート2019(三浦真弓)

  • 第一幕への前奏曲
  • ハンス・ザックス「迷妄のモノローグ」(三幕一場)

1:《ニュルンベルクのマイスタージンガー》

 初期の習作を除き、ワーグナー唯一の「喜劇」である三幕の楽劇。16世紀のニュルンベルクに実在したマイスタージンガー(親方歌手)、ハンス・ザックスを中心に、町娘エファと若き騎士ヴァルターの恋をめぐるリアルな人間模様を描き、人間の営みの粋としての芸術讃歌を歌い上げる。

 「第一幕への前奏曲」は、全幕上演すると4時間半を超すこの長大な楽劇の、見事な要約となっている。一見、古典的なソナタ形式をとりながら、円熟期のワーグナーの精妙な作曲技法が盛り込まれ、立体的な奥行きと祝祭的な華やかさを備えた、グランド・ガラのオープニングにふさわしい一曲だ。
 ハ長調の全音階進行を基調とする堂々たる「マイスタージンガーの動機」に始まり、「ダヴィテ王の動機」「芸術の動機」でニュルンベルクの誇る文化の伝統が提示されたあと、内面的な「愛の動機」や「苦悩の動機」、おどけた変奏の「哄笑の動機」など、作中のエピソードに対応した人間絵巻がつづく。やがて、これらの動機は一斉に再現され、鮮やかな対位法によって幾重にも同時進行で重ねられていく。最後はまた力強い「マイスタージンガーの動機」に回帰し、輝かしいファンファーレで締めくくられる。

 三幕一場、主人公ハンス・ザックスによる哲学的な「迷妄のモノローグ」は、一幕・二幕と混迷を深めてきた物語が、ここから一気に最終局面へと向かう、重要な転換点をなす。前夜、ふとしたことから町じゅうを巻き込んだ乱闘騒ぎを回想しながら、人々の心に巣食う我執や狂気を嘆くザックスが、晴れやかな夏至の日の朝の訪れとともに、芸術家として進むべき道を見出していく、ドラマティックな場面だ。 
 展開を追うキーワードは、ザックスの第一声「Wahn(ヴァーン;迷妄)」。モノローグ全体を通して、はじめは苦々しく、あるいは怒気や諦念を帯びてくり返される。それがやがて、彼にとって揺らぐことのない拠りどころ——「ニュルンベルクの町」への愛と、マイスタージンガーとして歌合戦に臨む「聖ヨハネ祭の日」の伝統——を確認する二度のクライマックスを経て、ザックスは、人間の営みと切り離せない「迷妄」をただ否定・排除すべきではないことに気づく。熟練の芸術家として、「迷妄」を自ら引き受け、むしろ創造の媒体として利用することで乗り越えようとする、ハンス・ザックスの懐の深さと志の高さに、ワーグナー自身の芸術的理念が示されている。

プログラム解説 - ワーグナー・グランド・ガラコンサート2019

引用

レッグ&シュヴァルツコップ回想録あなたの愛がなかったら
私はどうなっていたでしょう、
いつまでも子供のままでいたでしょう
あなたが私の眼をさまして下さらなかったなら。
あなたによって知ったのです、
善悪の判断のつけ方を。
あなたによって分かったのです、
心が何かということを。
あなたによって目覚めたのです
あなたによって学んだのです、
清らかに、自由に、勇敢に考えることを、
私はあなたによって花開いたのです!

〈ニュルンベルクのマイスタージンガー〉第三幕より

レッグ&シュヴァルツコップ回想録

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