オペラ・オペレッタ訳詞家の書斎

三浦真弓のオペラ・データベース & ブログ

ワーグナー《ワルキューレ》

Richard Wagner: Die Walküre(3幕の楽劇;ドイツ語)

  • 初演:1870/6/26 ミュンヘン

曲目解説

プログラム解説 - ワーグナー・グランド・ガラコンサート2019(三浦真弓)

  • ワルキューレの騎行 〜 ジークリンデの退場(三幕一場)

5:《ワルキューレ》

 ワーグナー畢生の超大作である「ニーベルングの指輪」四部作の第二作目で、実質的な本編の第一日目に当たる、三幕の楽劇である。表題の「ワルキューレ」は、神々の長ヴォータンが知恵の女神エルダに生ませた娘、ブリュンヒルデのこと。ヴォータンの最愛の娘である彼女は、人間の戦いの勝敗を決し、戦死者の中から神々の居城ヴァルハラを守るのにふさわしい勇士を天に運ぶ、9人の女戦士ワルキューレの筆頭格でもある。

 一方で、ヴォータンは、人間の女にも、双子のジークムント・ジークリンデ兄妹を生ませていた。生き別れになった兄妹は、ジークリンデが望まぬ結婚をさせられたフンディングの家で再会すると、激しく惹かれ合い、夫婦の愛を交わしてしまう(一幕)。

 不倫にして近親相姦という二人の関係は、結婚の守護神フリッカの怒りにふれ、ヴォータンは、来たるフンディングとジークムントとの戦いで、ジークムントの方を倒すと約束させられる。父ヴォータンの命令を受けて、ジークムントに死を予告したブリュンヒルデだったが、天上での永遠の栄光よりも、人間としての愛を選ぶというジークムントとジークリンデの強い絆に打たれ、父に背いてでも二人を守ろうと決意する。だが、ブリュンヒルデの裏切りに気づいたヴォータンの到着によって、ジークムントは殺され、ブリュンヒルデはかろうじてジークリンデだけを天馬に乗せて救い出し、父神の怒りから逃れるため、全速力で逃走を開始する(二幕)。

 「ワルキューレの騎行~ジークリンデの退場」は、このあと始まる三幕冒頭から、第一場の大部分を占める重要場面である。中心人物に着目すると、大きく三部に分けられる。

1)ワルキューレたち

 天馬が風を切る音、ひづめのリズムに乗って、勇壮な「ワルキューレの騎行」が始まる。金管楽器のさまざまな組合せで、近く遠く、くり返されるこのテーマには、ワルキューレたちが抜きつ抜かれつ天空を駆けめぐる姿が目に浮かぶようだ。オーケストラのみの前奏につづいて、いよいよ8人のワルキューレが登場する。第一陣の4人に、1人、もう1人と合流し、最後の2人が馬の鼻づらを並べて爆走する光景の描写では、コントラバスとバス・トロンボーンの低音も加わったオーケストラの迫力が凄まじい。

 「ワルキューレの騎行」は、合唱パートが登場しない《ワルキューレ》で、唯一、ソプラノ・メゾソプラノ・アルトの女声三声の8人が力強い重唱を聞かせる場面だ。ワルキューレたちが呼びかわす奇怪な叫び声「Hojotoho! Heiaha!(ホヨトホー!ハイアハー!)」は、意味をもたないワーグナーの造語だが、姉妹間の合図や、馬への掛け声、喜びの声として、強く美しい神の娘たちの人間離れした豪快さをよく表している。

2)ブリュンヒルデ

 不気味に切迫したギャロップで、ジークリンデを連れたブリュンヒルデが到着する。父ヴォータンの命令に逆らい、今は父に追われていると明かすブリュンヒルデに、ワルキューレたちは騒然となる。神々の長ヴォータンにそむくことなど考えられない8姉妹は、ジークリンデと逃げるための馬を貸してほしいと懇願するブリュンヒルデを拒絶する。

 神の娘ワルキューレ隊としての立場と使命をつゆ疑わず、一枚岩となって立ちはだかる8人に対して、ひとり、人間の愛の偉大さを知ってしまったブリュンヒルデの孤高な姿が印象的だ。——その時、ジークリンデが初めて口を開く。

3)ジークリンデ

 愛するジークムントを失って絶望し、後を追って死ぬことを望むジークリンデに、ブリュンヒルデは、彼女が亡きジークムントの子を身ごもっていることを告げる。それを聞いた瞬間、母となる使命に目覚め、生きる気力を取り戻すジークリンデ。絶望のどん底から、この上ない希望への劇的な転回という、最高にドラマチックな場面である。

 ブリュンヒルデは、ヴォータンの怒りを一身に受ける覚悟を決め、生まれてくる英雄に「ジークフリート」という名と、父ジークムントの形見である剣の破片を授けて、ジークリンデをひとり逃す。立ち去る間際に、ジークリンデが、英雄を生む運命とブリュンヒルデの愛を讃えて歌い上げる感動的な旋律——「O hehrstes Wunder! Herrliche Maid!(なんて崇高な奇跡!輝かしき乙女!)」は、「愛の救済の動機」と呼ばれ、はるかのちに、ブリュンヒルデがジークフリートの後を追って死んでいく《神々の黄昏》の最終場面で、唯一最後に再現され、壮大な「ニーベルングの指輪」四部作の全体を締めくくることになる。

プログラム解説 - ワーグナー・グランド・ガラコンサート2019