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オペラ・オペレッタ訳詞家の書斎

「オペラを日本語でわかりたい」三浦真弓の公開データベース

マスカーニ《イリス》

Pietro Mascagni: Iris(3幕のオペラ;イタリア語)

台本

鑑賞歴

参考

 ――首席指揮者に就任後、最初の大きな企画としてマスカーニの「イリス」という日本に題材をとったオペラを演奏会形式で上演しますね。プッチーニの「蝶々夫人」は日本でも取り上げられる機会は多いですが、「イリス」は名前を知っていても実際にステージや演奏に接したことのある人は多くはありません。この作品の魅力についてご紹介ください。

 B 「イリス」は初めて日本を題材に作られたイタリア・オペラです。今日のイタリアでも有名とは言い難いのですが、マスカーニの中では傑作と位置付けてよい作品です。ただ、このオペラにはひとつ難点があります。それはこの作品の特徴的な魅力ともいえるのですが、劇場での舞台上演に不向きだということです。「蝶々夫人」が劇場で上演するオペラとして人気があるのは物語がよくできていて、観客が自分も蝶々さんのストーリーに入り込んで応援し、夢中になって見ることができるからです。「蝶々夫人」はリアリティーにあふれた物語であり、当時の日本について正確ではないものの、現実にかなり近い描写がなされています。音楽も五音階の旋律が多用されるなど昔の日本のスタイルが採用されています。こうした点からもプッチーニは日本について十分勉強をして、それを取り入れて書いた作品だなということが分かります。これに対して「イリス」はまったく逆のアプローチで書かれた作品であり、現実離れした象徴主義的なお話です。劇的な展開に乏しく、表現されているのはフランスの象徴主義的な詩の世界なのです。ですから「イリス」の中で日本は現実の日本とはまったく関係のないおとぎの国として描かれています。

 ――同じジャポニズム・オペラといっても「蝶々夫人」とは趣を異にする作品なのですね。

 B その通りです。マスカーニが「イリス」を書くにあたってインスピレーションを得たのは葛飾北斎の絵ですとか、びょうぶ画、日本から輸入された衣装などだったといわれています。それらを見てエキゾチシズムや神秘的なものを感じ取っていただけなのですね。ですから「蝶々夫人」と同じアプローチで鑑賞するオペラではないのです。「蝶々夫人」を見たときと同じような情感や感動を味わえる作品ではありません。「イリス」には不安をかきたてる神秘的な雰囲気があり、繊細なニュアンスに富む一方で、輪郭がはっきりしないような世界観のある作品です。

 ――音楽の特徴は?

 B マスカーニの作品の中でもオーケストラの使用法がとても成熟していることが特徴です。「カヴァレリア・ルスティカーナ」はとても美しく素晴らしい作品ですが、オーケストレーションについてはまだ拙いところが残されています。その点「イリス」は非常に円熟した書法でオーケストラがストーリーを表現し、内包している雰囲気を余すところなく描き出しています。とはいえ音楽そのものは折衷主義的なところがあって本当に東洋の音楽を感じさせるところは少ないのです。逆に当時のヨーロッパ音楽のさまざまな傾向を見いだすことができます。とりわけワーグナーに代表されるドイツ・オペラの影響を強く感じます。フランスの象徴主義的な音楽の影響もあります。さらにマスカーニですからイタリア気質も随所にちりばめられており、「太陽神ヨールのセレナード」というのがあって、これはほぼナポリの民謡のような感じですね。マスカーニはさまざまな要素を一つの作品の中で融合させる才能があったのでしょう。万華鏡のように変化していく音楽を楽しむということがこの作品を鑑賞する上での大きな楽しみのひとつだと思います。

バッティストーニ:過去の傑作を現代の読み解き方で~東京フィル首席指揮者就任インタビュー(上) - 毎日新聞